Dall'interno del libro
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義太夫との結び付きは強く、「予が名の下に青赤の二印をくわくて直伝とあらはすは山本九右衛門一家にかぎりて外にはなし」『鸚鵡ヶ』竹本筑後掾自序)とまで筑後椽(義太夫の受領名)が記す程であった。山本から刊行され加賀掾や義太夫の正本は大字八行本 ...
義太夫との結び付きは強く、「予が名の下に青赤の二印をくわくて直伝とあらはすは山本九右衛門一家にかぎりて外にはなし」『鸚鵡ヶ』竹本筑後掾自序)とまで筑後椽(義太夫の受領名)が記す程であった。山本から刊行され加賀掾や義太夫の正本は大字八行本 ...
Pagina 10
版元の山本が類板・重板への牽制を太夫の権威を利用して効果的に示そうとしたか、或いは、義太夫自身も自分の浄瑠璃が勝手に版行され、文句・節章が粗略に扱われることを嫌ったか、おそらく、その両方があったのであろう。しかし、山木版の狙いは、その版 ...
版元の山本が類板・重板への牽制を太夫の権威を利用して効果的に示そうとしたか、或いは、義太夫自身も自分の浄瑠璃が勝手に版行され、文句・節章が粗略に扱われることを嫌ったか、おそらく、その両方があったのであろう。しかし、山木版の狙いは、その版 ...
Pagina 125
但し、夜ニ入山本江行、五時頃帰宅、直ニ枕二つく。一四時頃花井玄道殿、来診せらる。おさち凝を見て、其後被帰去。○十日丁卯晴。昼後曇。今暁卯ノ刻過地震( + )一今朝小太郎髪を結、其後油谷江参候由って出去。夕七半時頃山本江立より、暮時帰宅。
但し、夜ニ入山本江行、五時頃帰宅、直ニ枕二つく。一四時頃花井玄道殿、来診せらる。おさち凝を見て、其後被帰去。○十日丁卯晴。昼後曇。今暁卯ノ刻過地震( + )一今朝小太郎髪を結、其後油谷江参候由って出去。夕七半時頃山本江立より、暮時帰宅。
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